低磁場NMR(パルスNMR・TD-NMR)とは

測定原理と緩和時間による 微粒子分散体評価の基礎

低磁場NMR(パルスNMR・TD-NMR)は、緩和時間を測定することで、
材料の状態や微粒子分散体の評価に活用できる分析手法です。

NMRと低磁場NMR

NMR(nuclear magnetic resonance:核磁気共鳴)は、一般的には超電導磁石を用いた強磁場により化学シフトを計測し、有機化合物の構造解析を行う装置として広く知られています。
しかし、NMRスペクトルから得られる情報は化学シフトだけではありません。その一つに、緩和時間があります。

緩和時間は、常伝導磁石や永久磁石を用いた低磁場核磁気共鳴法(Low-field NMR)により得ることが多く、低磁場NMRの中でも、パルスNMRやTD-NMRと呼ばれる装置を用いて測定するのが一般的です。

低磁場NMRは、磁場の遮蔽が比較的容易で、高価な冷媒を必要としないことから、機器費用や維持費を抑えやすい点も特長です。
緩和時間を用いることで、分子運動性の評価だけでなく、粉体や微粒子分散体の評価にも活用できます。

緩和時間とは

一旦吸収されたエネルギーが減衰し、元の安定した状態へ戻るまでの時間を表します。

緩和とは、簡単に言えば、一旦吸収されたエネルギーが減衰していく過程のことです。
例えば、スポンジや輪ゴムに外力を加えると、エネルギーが高い非平衡状態になります。
外力を加えるのを止めると、元のエネルギーが低い平衡状態へ戻ります。

この非平衡状態から平衡状態へ変化することを「緩和」といい、変化に要する時間を「緩和時間」と呼びます。
パルスNMRでも、ラジオ波により励起された核スピンが元の状態へ戻るまでの時間を測定します。

緩和時間のイメージ


基底状態にある原子核は、磁場の中で安定した状態を保っています。
NMRチューブに試料を分取し、パルスNMRにセットした際のプロトンは、このような状態にあります。


基底状態のプロトンの歳差運動

磁場の中で安定した状態にあるプロトンの動きをご覧いただけます。





基底状態にある原子核へラジオ波を照射すると、原子核は励起状態となります。

ラジオ波により励起した核スピンは、周囲の環境や核スピン間でのエネルギー交換により緩和し、再び安定した基底状態へ戻ります。

ラジオ波照射後の核スピンと緩和

励起状態となった核スピンが、緩和により元の状態へ戻る様子をご覧いただけます。

T1・T2として計測される緩和時間

励起状態から基底状態へ戻るまでに要する時間を、 T1(縦緩和時間、スピン-格子緩和時間)T2(横緩和時間、スピン-スピン緩和時間) として計測します。
一般的には、非破壊で分子運動性を評価できる手法として知られていますが、微粒子分散体の評価にも用いることができます。

微粒子分散体の評価に 緩和時間を活用する

粒子表面に拘束された溶媒と、自由な状態にある溶媒では、得られる緩和時間が異なります。

粒子表面に拘束された溶媒分子と自由な溶媒分子

粒子に接触または吸着している溶媒、すなわち粒子表面に拘束された溶媒と、粒子表面に接触していない自由な状態の溶媒では、磁場の変化に対する応答が異なります。

例えば、水に粒子が分散している系では、粒子表面の水酸基と水素結合などにより拘束された水と、自由な状態にある水が存在します。 拘束された水はエネルギー交換が起こりやすく、1Hの緩和時間は短く得られます。 一方、自由な状態にある水の緩和時間は長く得られます。

評価に用いる溶媒は水に限りません。 構造中に1Hが含まれる溶媒であれば、測定に用いることができます。 また、水素結合だけでなく、静電的相互作用やファンデルワールス力など、溶媒と粒子界面の化学的相互作用によっても溶媒は拘束されます。

粒子表面と溶媒との相互作用が強いほど、溶媒分子が粒子界面に滞在する時間は長くなり、分散体の緩和時間は短く得られます。 反対に、相互作用が小さい場合には、粒子界面での滞在時間が短くなり、分散体の緩和時間は長く得られます。

緩和速度と緩和時間カーブ

微粒子分散液を測定して得られた緩和時間から、粒子表面に拘束された溶媒の影響を考察します。

微粒子分散液を測定して得られた緩和時間 Tn(av) の逆数を緩和速度 Rn(av) とした場合 (Rn = 1 / Tn)、 得られる緩和速度は、粒子界面に束縛された溶媒体積による緩和速度と、自由な状態の溶媒体積による緩和速度の和として表されます。

緩和速度を表す式
n = 1 縦緩和時間、スピン-格子緩和時間(T1
n = 2 横緩和時間、スピン-スピン緩和時間(T2
ps 粒子界面に束縛された溶媒の割合
pb 自由な状態(バルク状態)にある溶媒の割合
Rns 粒子界面に束縛された溶媒の緩和速度
Rnb 自由な状態(バルク状態)にある溶媒の緩和速度

T2緩和時間カーブの見方

下図は、T2緩和時間カーブ(CPMG法)のイメージ図です。 横軸は時間、縦軸は得られる強度を表しており、初期強度が37%(1/e)まで減衰する時間が緩和時間となります。

T2緩和時間カーブのイメージ

粒子表面で拘束された溶媒の緩和時間を直接測定することは困難です。 そこで、自由な溶媒の緩和時間と、微粒子分散体の緩和時間をそれぞれ測定し、その変化割合から、微粒子表面で拘束された溶媒量を見積もります。

評価において重要なこと

微粒子表面で拘束された、エネルギー交換の速い水は、自由な水とは別の成分として現れるわけではありません。 微粒子分散体の緩和時間は、自由な水の緩和時間と、粒子表面で拘束された水の緩和時間の平均的な値として、一つの成分で示されます。

自由な状態の溶媒の緩和時間と、粒子が分散した分散液の緩和時間がどの程度変化したかを比較することで、粒子の濡れ性や分散性を評価できます。

評価対象の背景を踏まえた考察が必要です

濡れ性の違いによる変化、すなわち微粒子界面の化学的な違いと、分散性の違いによる変化、すなわち分散体の物理的な違いは、緩和時間のみでは区別が困難な場合があります。 そのため、評価対象の背景を十分に把握したうえで結果を議論することが重要です。

参考文献

1)D. Fairhurst, R. Sharma, S. Takeda et al., Fast NMR relaxation, powder wettability and Hansen Solubility Parameter analyses applied to particle dispersibility, Powder Technology, 377, 545-552(2021)

2)安藤喬志, 宗宮創, 『これならわかるNMR』, p.3, 45, 化学同人(1997)

3)Catherine L. Cooper, Terence Cosgrove, Jeroen S. van Duijneveldt, Martin Murray, Stuart W. Prescott, The use of solvent relaxation NMR to study colloidal suspensions, Soft Matter, 9, 7211-7228(2013)

4)David Fairhurst, Terence Cosgrove, Stuart W. Prescott, Relaxation NMR as a tool to study the dispersion and formulation behavior of nanostructured carbon materials, Magnetic Resonance in Chemistry, 54, 521-526(2016)

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