低磁場NMR(パルスNMR・TD-NMR)とは

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測定原理と緩和時間による微粒子分散体評価の基礎

NMR(nuclear magnetic resonance:核磁気共鳴)は一般的には超電導磁石を用いており強磁場により化学シフトを計測し、有機化合物の構造解析を行う装置として広く知られている。しかしNMRスペクトルからは化学シフトだけではない多くの情報が得られる。その一つに緩和時間がある。緩和時間は常伝動磁石や永久磁石を用いた低磁場核磁気共鳴法(Low-field MMR)にて得ることが多く、低磁場NMRの中でもパルスNMRやTD-NMRと呼ばれる装置を用いて測定されるのが一般的である。低磁場NMRは磁場の遮蔽が容易で高価な冷媒を必要とせず、機器および維持費も安価であることが特徴である1)


 緩和とは簡単に言うと一旦吸収されたエネルギーが減衰していく過程の事である2)。例えばスポンジや輪ゴムがあるとする。外力がかかっていない状態ではエネルギーが低い。スポンジを指で押したり、輪ゴムを伸ばしたり外力を加えた場合、エネルギーが高く非平衡状態となる。外力を加えるのを止めると応力により元の状態に戻る。つまりエネルギーが低い平衡状態に戻る。この非平衡状態から平衡状態に変化することを緩和と言い、変化に要する時間が緩和時間である。パルスNMRも同様である。
緩和時間とは下記動画は基底状態のプロトンの歳差運動の様子である。磁場の中ではこのような安定状態が保たれる。NMRチューブに試料を分取しパルスNMRにセットした際のプロトンはこの様な状態にある。


基底状態の原子核にラジオ波を照射すると励起状態になる。
ラジオ波により励起した核スピンは周りの環境や核スピンのエネルギー交換により緩和する。
下記動画はラジオは照射後の核スピンと緩和の様子である。



励起状態から基底状態にまで要する時間をT1(縦緩和時間、スピン‐格子緩和時間)、T2(横緩和時間、スピン-スピン緩和時間)として計測する。一般的には非破壊にて分子運動性を評価可能な手法として広く知られているが微粒子分散体の評価にも用いる事が可能である。

 粒子に接触または吸着している溶媒(束縛された溶媒)とバルク液(粒子表面と接触していない自由な状態の溶媒)とでは、磁場の変化に対する応答が異なる3)。例として水に粒子が分散している系を考える。観測原子核を1Hとする。粒子の表面に水酸基が存在する場合、粒子分散体の中には粒子表面の水酸基と水分子が水素結合などで束縛された水とそれ以外の自由な状態である水の2種類が存在する。束縛された水はエネルギー交換が起こりやすく1Hの緩和時間は短く、自由な状態にある水の1H緩和時間は長く得られる3) 4)。溶媒は水だけでなく、構造上に1Hが含まれれば評価に用いる事が可能である。水素結合だけでなく、溶媒と粒子界面の化学的相互作用である静電的相互作用やファンデルワールス力によっても溶媒は拘束され相互作用の強さにより粒子表面での液体分子の滞在時間は変化し、相互作用が小さい場合粒子界面での滞在時間は短くなる。その場合粒子分散体の緩和時間は長く得られる3)

緩和時間とは  


微粒子分散液を測定して得られた緩和時間(Tnd(av))の逆数を緩和速度(Rnd(av))とした場合(i.e. Rn = 1/Tn)、得られる緩和速度は粒子界面に束縛された溶媒体積による緩和速度と自由な状態の溶媒体積による緩和速度の和となり以下の式が成り立つ4)緩和時間速度式

n=1の場合: 縦緩和時間、スピン‐格子緩和時間(T1)

n=2の場合: 横緩和時間、スピン‐スピン緩和時間(T2)

ps:粒子界面に束縛された溶媒の割合

pb:自由な状態(バルク状態)にある溶媒の割合

Rns:粒子界面に束縛された溶媒の緩和速度

Rnb:自由な状態(バルク状態)にある溶媒の緩和速度

下記はT2緩和時間カーブ(CPMG法)のイメージ図である。
横軸が時間、縦軸は得られる強度である。初期強度が37%(1/e)まで減衰する時間が緩和時間である。

T2緩和時間カーブ粒子表面で拘束された溶媒の緩和時間を直接測定することは困難である。そこで自由な溶媒の緩和時間を測定し、微粒子分散体の緩和時間を測定する。その変化割合から微粒子表面で拘束された溶媒量を見積もる。

ここで注意すべき点は微粒子表面で拘束されたエネルギー交換の速い水は自由な水とは別の成分では現れない事である。微粒子分散体の緩和時間は自由な水の緩和時間と粒子表面で拘束された水の平均的な値として1成分で示される。
自由な状態の水の緩和時間と粒子が分散した分散液の緩和時間がどのくらい変化したかを比較する事で、粒子の濡れ性や分散性の評価が可能である。しかし、濡れ性の違いによる変化(微粒子界面の化学的違い)と分散性の違いによる変化(分散体の物理的違い)は緩和時間のみでは区別する事が困難であるため、評価対象の背景を十分に把握したうえで議論する事が重要である。

【参考文献】

1) D. Fairhurst, R. Sharma, S. Takeda et al., Fast NMR relaxation, powder wettability and Hansen Solubility Parameter analyses applied to particle dispersibility, Powder Technology, 377,545-552(2021)

2)安藤喬志,宗宮創, これならわかるNMR, p.3,45 化学同人(1997)

3) Catherine L. Cooper, Terence Cosgrove, Jeroen S. van Duijneveldt, Martin Murray Stuart W. Prescott, The use of solvent relaxation NMR to study colloidal suspensions, Soft Matter, 9, 7211–7228 (2013)

4) David Fairhurst, Terence Cosgrove, Stuart W. Prescott, Relaxation NMR as a tool to study the dispersion and formulation behavior of nanostructured carbon materials, Magnetic Resonance in Chemistry, 54, 521-526(2016)

測定事例のご紹介

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